POSITION
そこは、
最都心にいながら
京文化に暮らせる地。
京のビジネス・商業を牽引する中枢、四条烏丸。
その煌めきから一歩奥まり、
町家が連なる「膏薬辻子」の静域へ。
ぼんぼりが灯る石畳風の小径の先、
祇園祭の山鉾を間近にする一画。
都心の利便と京文化の粋、
そのすべてを手にする暮らしがここにあります。

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POSITION
MID POSITION 四条烏丸、都心の中心を居に選ぶ。
ゆるぎなき京の中枢を掌中に。
「田の字エリア」の中心。
四条烏丸の交差点を中心に、
御池通、五条通、河原町通、
堀川通に囲まれたエリアは
「田の字エリア」と呼ばれ、
京都の歴史・観光・商業・ビジネスの
中心エリアを形成。
計画地は田の字エリアの中でも、
より中枢の四条烏丸エリアに位置し、
京都都心の利便だけなくより現代的な
華やかな日常も愉しめる地になります。
本件は膏薬辻子地区地区計画に基づく建築物の高さの最高限度が付されています。
京都随一の洗練を愉しむ。
四条烏丸エリアは、都市の利便性と
上質な時間を感じるロケーション。
金融・ビジネスの中枢でありながら、
ファッションやジュエリーの
グローバルブランドが
並び華やかな日常と暮らせます。
華やぎのすべてが歩ける近さ。
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LAQUE 四条烏丸
(徒歩6分/約430m) -
COCON KARASUMA
(徒歩6分/約460m) -
大丸京都店
(徒歩9分/約660m) -
新風館
(徒歩14分/約1060m)
市内外へ縦横無尽。
四条烏丸は地下鉄と阪急線が交差する唯一の地。
JR「京都」駅から地下鉄烏丸線で
2駅4分の「四条」へ。
「烏丸」から大阪・梅田へも
直結する京都随一の利便拠点です。
京都の大動脈を自在に使いこなし、
貴重な時間をスマートに確保します。
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京都駅 -
四条河原町
WITH LEGACY 千年の都の伝統文化の中に住む。
膏薬辻子―まちなかに息づく、京町家の風情と。
千年の歴史を誇る京都でも、都心において伝統的な町並が残るエリアはわずか。四条通から綾小路通へ抜ける路地・膏薬辻子(こうやくのずし)には、今なお京町家が連なり古都の風情が息づいています。例えば時雨に濡れた石畳に映し出される町家の灯りの美しさ。京の四季とともに静かに暮らすという贅沢を。
歴史に培われた路地のまちなみ
膏薬辻子の現在のまちなみは、概ね明治~大正時代に形成されたもので、辻子沿い及び辻子から入る路地には、つし2階建や本2階建の京町家が軒を連ね、落ち着いた景観を有しています。
静かで美しいまちなみを辿る帰りみち
膏薬辻子――その名は、平将門の霊を弔うため空也上人が建てた「空也供養の道場」に由来すると伝えられます。「辻子」とは通りと通りを結ぶ小径のこと。永い時を重ねたこの路地は、町家と石畳が織りなす美しい景観を、地区計画のもと未来へと受け継いでいます。
古きもの、新しきものが融合する魅力
膏薬辻子は、かつて皇后を幾人も輩出した大納言・藤原公任の邸「四条宮」があった由緒ある地。近代には呉服商や職人が暮らしを営み、今もその街並みを継承。木版印刷の老舗や味噌汁専門店など、伝統と新しさが響き合い、町家の風情だけでなく刺激的なエクスペリエンスを愉しめる界隈となっています。
国の重要文化財「杉本家住宅」
京格子に犬矢来、厨子二階に開けた土塗りの虫籠窓など、昔ながらの典型的な京町家の佇まい。祇園祭に際しては、伯牙山のお飾り場になります。2010年の国の重要文化財指定に加え、2011年には、建物内外の「庭」が「京町家の庭」として国の名勝指定を受けました。
〈公益財団法人奈良屋記念杉本家保存会HPより〉open_in_new
祇園祭の山鉾の立ち並ぶエリア
869年を起源とし、日本三大祭のひとつとして京の夏を彩る祇園祭。現地周辺は山鉾が立ち並ぶ中枢にあり、膏薬辻子の北には郭巨山、南には伯牙山、両端でお山建てが行われます。美麗な懸装品の表にも裏にも息づく職人の技、作事方の流れるような手仕事に、祇園祭を支える人々の熱を感じることができます。
伯牙山・前祭
郭巨山・前祭
FOCUS 祇園祭
〈 郭巨山 〉
千年の時をめぐる祇園祭。
「郭巨山」が伝えるのは、親を想う心のかたち。
郭巨山は、祇園祭に連なる34基の山鉾のひとつで、京都市下京区四条通西洞院東入の郭巨山町から山鉾巡行に参加する山です。
その名は、親を想う心を描いた、中国の古い物語「二十四孝」に登場する郭巨の逸話に由来します。
逸話によれば、郭巨は貧しさの中で老母と三歳の我が子の行く末を案じ、思い悩んだ末に土を掘り起こしたところ、
黄金の釜が現れて一家が救われたと伝えられ、その物語は親孝行の極致として今なお語り継がれています。
こうした由来から、郭巨山は昭和初期まで「釜掘り山」とも呼ばれていました。
山には郭巨と童子、そして黄金の釜が象徴的に配され、物語の一場面を今に伝えています。
四条通に構える郭巨山会所。
祭礼の伝統を守り、未来へひらく拠点。
祇園祭は、7月1日から31日まで神事が続く、京都を代表する祭礼です。各町内では、春先から囃子の稽古や粽(ちまき)の手配、御山建ての段取りなどを分担しながら、粛々と準備が進められていきます。
その拠点となるのは、烏丸駅からほど近く、四条通に面した場所にある郭巨山会所です。築100年以上を数える町家であり、2022年には耐震性と保全機能の向上を図るかたちで、保存・改修・増築が行われました。
そして2023年、この「祇園祭 郭巨山町会所プロジェクト」は、芸術・技術の発展に寄与する優れた建築作品として高く評価され、日本建築学会賞(作品)を受賞しています。
京都の中心に残る
安心な暮らしを支える守りとつながり。
この街には、信仰を声高に語る人は少なくとも、「どこかで神様とつながっている」という感覚が、静かに息づいています。
何ごともなく穏やかに過ごせる目には見えない日常こそが、見えない力に守られている証。都市の中心でありながら、顔の見えるつながりが残り、助け合いの温度もある。そんな日々の営みを、郭巨山はそっと支えています。
百年を超えてこの地に寄り添い、品格ある暮らしの象徴として、変わらずにそこに在ることは、祇園祭の誇りを日常に宿す、この街ならではの魅力です。
〈 伯牙山 〉
琴の弦を断ち、至高の友情を惜しむ。
「伯牙山」が語り継ぐ、唯一無二の理解者への情愛。
伯牙山が描いているのは、中国の古事「伯牙絶琴」に刻まれた、激しくも純粋な友情の終焉です。琴の名手・伯牙が、己の音を誰よりも理解してくれた親友の死を嘆き、斧で弦を断ち切って二度と弾かなかったという、刹那の衝撃が山の上に再現されています。かつては「ことわり山」と呼ばれ、権力への誘いを峻拒するために琴を断ったという峻烈な逸話も残るこの山。江戸期より伝わる御神体の眼差しは、悲しみを超えた強い意志を宿し、対峙する者の心に深く問いかけます。その静かな峻厳さの先にあった唯一無二の理解者を失った芸術家の、言葉にならない喪失と矜持は、千年を巡る祭礼のなかで今も静かに響き続けています。
一年に一度、夏に分かち合う喜び。
「ちまき」がつなぐ、街と人との変わらぬ縁。
このような、芸術家への深い敬意は、現代では「お琴の神様」としての信仰へと繋がり、伯牙山のちまきには芸事の精進と厄除けの願いが込められるようになりました。包装を司るのは、保存会に受け継がれる「簡潔こそが美」という慎み深い美学です。六月末、保存会の人々が集い、一束ずつ丁寧に仕上げる光景は、この街に夏を呼び込む瑞々しい儀式といえるでしょう。かつての祇園祭では、巡行する山の上からちまきを投げ渡すという、体温の通った交流がありました。 その精神は今、対面での授与はもちろん、コロナ禍という逆境にあっても「決して縁を絶やさない」という想いから始まったウェブサイトでのお届けなど、時代に即した多様な形に変えて受け継がれています。このように形は進化を遂げながらも、人と人とを繋ぐその本質は、今も大切に守り継がれています。
日常を慈しみ、次代へ繋ぐ。
千年の祭りを支える、保存会の人々が育む底力。
保存会を担う人々にとって、祇園祭は特別な行事である以上に、暮らしのなかに深く息づく、なくてはならない営みそのものです。祇園祭が終われば、すぐに反省会を行い、一年中途切れることのない会合、そしてLINEグループを活用した軽やかな情報共有。それは、かつての「顔の見える助け合い」を令和の感性で、次代へ繋いでいくための、希望に満ちた確かな進化にほかなりません。この街に新しく住まう人々にとっても、こうした営みに触れることは、歴史の当事者として街に溶け込むこの上ない喜びとなるはずです。晴れの舞台の緊張感と、終わればまた潔く日常へ戻る、その美しい切り替え。神事と隣り合わせに生きるご縁を大切に、四季を共に紡ぐ喜びが、人々の心に尊い物語を刻み続けています。